「はい、どうぞ」 「あ、どうも」 ご飯茶碗を目の前に置かれて反射で答えてから、走は「ん?」と首を傾げた。聞いたことのない声だ。アオタケの走を除く9人との顔合わせは済んでいるから、そんなことはないはずなのに。 立ち去る気配を慌てて目で追うと、その人物は今度はユキにご飯茶碗を差し出していた。当たり前のようにユキがそれを受け取ったところからすると知らない仲ではないのだろうが、やはり走にとっては初めて見る顔だった。 Tシャツにジーンズといったラフな格好をしているが、手も足もすらりと長く、傍から見ればモデルかと思うような綺麗な顔立ちをしている。にこにこと皆に声をかけながらご飯茶碗を配る姿は、このアオタケによく馴染んでいた。 「あの、ユキさん」 「何だ?」 「あの人、誰ですか?」 走の言葉に怪訝な顔をした後、ユキは彼の姿をちらりと見、ああ、と納得した。 「のことか」 「さんって言うんですか?ここに住んでるわけじゃないですよね」 「住んではいないな。しょっちゅう来ているから、半分住人みたいなものだが」 何故かユキはそこでにやりと笑った。その笑顔がどことなく禍々しく感じて、走は思わず体を後ろに引かせる。 「ハイジの連れだよ」 「ハイジさんの…」 大人びているから年上だとは思っていたが、4年生だったのか。走がもう一度その姿を見ようと顔を上げると、丁度夕食の用意を終えたハイジが台所から出てくるところだった。ばっちり目が合って、「どうかしたか?」とハイジは走の隣に座る。その隣にはと呼ばれた青年が座ったので、走は身を固くする。まさか本人の前では話題に出来ないと思ったのだが、あっさりとユキがばらしてしまった。 「そうか、走は初めてか。」 「ん?」 「彼が新しい住人の蔵原走だ」 走にを紹介するより、に走を紹介する方がハイジの中では大切らしい。それでもの目が走を捉えたので、そんなことはどうでもよくなってしまった。 「です。走くんのことは、ハイジからいつも聞いてるよ」 住人たちには初対面から走と呼び捨てにされたからか、いざくん付けで呼ばれると酷くくすぐったい気分になった。走は「走でいーです」と断ってから、ぺこりと頭を下げた。 「何か素直じゃねぇか?」 走をからかうニコチャンの両隣で、双子が「素直ー!」と声を揃える。そうだったかな、と考える走に、はくすくすと笑った。 「ハイジに苛められてない?」 「え」 「こいつ、実は腹黒いから」 廊下の方で、「腹黒いって何ですか?」とムサが神童に問い掛けるのが聞こえる。だが神童が答えるより先にハイジがを諫めたので、ムサは腹黒いの意味を知ることは出来なかったようだ。 少しだけ考えてみる。苛められているわけではないが、ここで「はい、苛められています」なんて答えられる者がいるのだろうか。横から無言のプレッシャーをかけられては、走は首を横に振ることしかできないし、きっと他のメンバーも同様だろう。 だからこそ、走は本人の前で堂々とそんなことを聞けるを凄いと思った。きっとふたりの間には、遠慮も何もいらない信頼関係が築かれているのだ。 「、走困ってるじゃねぇか」 「あはは、ごめんごめん。でも、何かあったら言って。多分俺、これからは週の半分くらい入り浸ることになるから」 キングに注意されて、は楽しそうに笑った。あんな風に突拍子のない質問を仕掛けてきたのは、それが言いたかったかららしい。 「はい!」 気恥ずかしいのと嬉しいのとで、つい返事に力が入ってしまった走を、周りがどっと笑った。 The 11th person
( 2009/08/27 )
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