その感情の名前は、

 いつの間にか、葉菜子を送る役目はジョータとジョージのものになったらしい。誰かひとりが送るより、同じ顔がふたりで送った方が安全だからかな、とジョータは思っているが、ジョージは何も考えていないようだ。葉菜子を好きだからなのかもしれないが、最近では葉菜子が帰る雰囲気になると、誰かが言わなくても「じゃ、葉菜ちゃん帰ろ!」と彼女を連れて外に出る。
 3人でいて話すことは、大体がアオタケの住人たちの話だった。ハイジさんが厳しいだとか、走がしつこいだとか、そういう他愛のない話だ。ジョージもジョータも見たこと聞いたことをありのまま葉菜子に話すので、葉菜子はアオタケにいなくてもアオタケの事情に詳しい。


「ふたりはさんが大好きなんだね」


 今日はの話をメインにしていると、くすくすと笑いながら葉菜子が言った。ぎくりとしたのはジョータだけで、ジョージは「うん、大好き!」と満面の笑顔で答えている。


「な、兄ちゃん!」
さん、イイ人だもんねー」


 話の矛先を向けられて肝を冷やしつつ、何とかジョータも笑顔を浮かべられた。内心でほっと息を吐く。


「そういえば、今日は来てなかったね」
「ね。どうしたのかな」
「今日はバイトが入ってるんだって」
「そうなんだ。会いたかったなあ」


 が来ない理由を何故ジョータが知っているのか、深く突っ込まれなくて良かったと思う。今頃気付いたジョージや葉菜子と違って、ジョータはアオタケにいた時から日が暮れてもが姿を見せないことが気になっていた。だからハイジに尋ねたのだ。


『ハイジさん、さんは?』
『今日はバイト。終わってから来るよ』


 アオタケの誰も知らないの情報を、ハイジだけが知っている。それを分かっていて問い掛けたのはジョータだ。それなのに、当たり前のように答えが返ってきたことにずきりと胸が痛んだ理由が、ジョータには未だに分からない。


「ん?ねえあれ、さんじゃない?」


 ジョージが指を差している方に視線を向けると、が商店街をふらふらしながら歩いているのが見えた。ふらふらしているように見えるのは、あちこちから声をかけられているせいだった。はアオタケだけでなく、商店街でも人気が高い。
 思いもよらないところで会えて、一気にテンションが上がるのが分かる。いないと知ってテンションが下がったり、ハイジがと親しいことに胸が痛んだり、会えて嬉しかったり。この感情の起伏は、まるで     
 唐突にジョータは気付いた。


        ああ俺、恋をしているんだ。





( 2011/06/04 )