「好きです。付き合ってください」


 にっこりと浮かべたのは、いかにも嘘っぽい笑顔。そりゃあそうだ。この告白自体、罰ゲームでやっているだけの嘘なのだから。ただ、女の子にやるのは余りにも可哀想すぎるから、相手は同じクラスの男にした。それはもちろん、まさか同性に告白されて本気にはしないだろうと―――そう、思っていたからこそだったのに。


「ああ、付き合おうか」


 返ってきたのはいつもと変わらない、まったく曇りのない笑顔と、予想外の返事だった。


「…や、あの、冗談なんだけど…」
「そうなのか?なら、俺と付き合ってくれないか、


 …これは、一体どんな状況なんだろう。罰ゲームで告白した相手に、冗談だとバラした瞬間、逆に告白されるなんて。むしろこれが罰ゲームだったんだろうかと俺が悶々としている間も、木吉はにこにこと何が楽しいのか俺を見つめている。
 でも多分、これは罰ゲームなんかじゃないんだろう。木吉はそういうのに加わるタイプじゃない。じゃあ罰ゲームの相手に使われたことに対する仕返しかと言われたら、それもまた違う気がする。一番信憑性が高いものと言ったら、本気の告白だってことしか考えられないんだから……本当に、質が悪い。


「…あのさ、」


 何だか酷く居心地の悪い思いをしながら、ちらりと木吉に視線をやる。


「木吉は、俺のこと好きなの?」
「ああ、好きだ」


 迷うことなく間髪入れずに頷く木吉。…何かもう、頭痛くなってきた…。だって木吉の態度には、疑う余地がどこにもない。


「何で?だって俺、ただ単に一番近くにいたお前に罰ゲームで告白するような奴だよ?お前みたいにモテる奴に好かれる要素、どっこにもないと思うけど」


 思わず「ただ単に」と「どこにも」に力を入れてしまった。疑う余地がないイコール素直に信じられるとは限らない。…というより、信じたくないというか。複雑な気分。
 つーか自分で言った後に気付いたけど、そうだよ木吉ってモテるんだよ。背ェ高いしバスケうまいし性格はいいし顔もいいし、そういう男を女が放っておくわけがない。元カノの話だって聞いたことがあるから、別にホモってわけじゃないだろう。
 なのに、何で俺?


だってモテるじゃないか」


 ははっと笑われる。否定しないわけね…俺もしないけど。


「モテるっつったって、女の子にだろ。男に告白されたのは、木吉が初めてだ」
「そうか、俺が初めてか」
「嬉しそうにすんな」


 こんなところでまで、お前が俺を好きだって実感したくない。


「…早く言えよ」
「そういうところだよ」
「はあ?」
「そういう風に、俺が好きだって言っても簡単に否定したり、拒絶しないところ。凄く、好きなんだ」
「……っ」


 かあっ、と顔に熱が集まる。元々、正面から気持ちをぶつけられることに俺は弱い。さっきは不意討ちすぎたせいで何とか平気だったけど、今度はだめだ。
 そのまま固まる俺に木吉は不思議そうに首を傾げながらも、話を先に進めた。


「前に、クラスで苛めが起きそうになったことがあっただろ?…一人をみんなで無視する。簡単に出来ることだが、やられる方からすればきっと、とても辛い」
「…ああ、あったな、そんなこと」


 なかなかクラスに馴染めず、友達も作れないでいる奴は、どのクラスにもひとりはいるだろう。そういう奴に手を差し伸べるどころか、地獄に突き落とそうとした奴がいた。入学したばかりの頃の話だ。


『あいつムカつくよな、無視しようぜ』


 にやにやと笑みを浮かべて、クラスに聞こえるように大声で言ったあの言葉を忘れない。


『お前らもだからな!』


 自分ひとりでやればいいものを、その馬鹿はクラス全員を巻き込もうとした。虫酸が走るほど卑怯で小さな男。馬鹿がそう言ったあの場には、これから無視しようとしている奴だっていたのに、馬鹿と愚かな連中は、面白がって悪口を競うように言い合った。
 大半のクラスメイトが戸惑う中、渦中にいたそいつは俯いて唇を噛み締めながら、教室を出て行こうとした。いい加減馬鹿にうんざりして俺も帰ろうと思っていたところだったから、周りの声は無視してそいつと肩を並べて教室を出たんだった。…そう言えばその時、木吉は教室にいなかった。廊下でそいつと喋ってる時、爽やかに俺ら2人に「じゃあな」と言ってすれ違った記憶がある。つまり木吉はあの場にいなくて、俺らと入れ替わりに教室に入って行ったのだ。


「俺は教室にいなかったから詳しいことは分からないけど、あいつとが廊下で話しているのは見た。…クラスメイトから事情を聞いた後、また明日、と言ってあいつに優しく笑いかけていたを思い出して、好きだと思ったんだ」


 これ以上はないと思っていたのに、木吉の告白とあの時の自分の行動に、気恥ずかしさから有り得ないくらい顔に熱が集まる。まさかあんなことで、誰かに好かれるとは思ってもいなかった。
 だってあんなの、俺にとっては自然な行動だったんだ。あの馬鹿に従わなきゃいけない道理はなかったし、馬鹿よりはそいつの方がよっぽど好感が持てた。だから無視する必要なんてなかった。ただそれだけのことだったのに。
 ―――やばい。ちょっとどころか…凄く、嬉しい、かも。


「そ、それはどうも…」
「照れてるのか?顔が真っ赤だ」
「そういうことは言わなくていいっ」


 空気読めよ!と睨み付けても、木吉は嬉しそうなままだった。そんな木吉相手にムキになるのも何だかアホらしくて、肩の力を抜いて小さくため息を吐く。こいつと一緒にいたら退屈しないんだろうなと思ったら、ふっ、と笑みが零れた。


?」
「お前、俺と付き合いたいんだっけ」
「ああ」
「…俺が、お前のこと好きじゃなくても?」
「好きにさせてみせるさ」
「ふはっ、すげー自信」


 本当に自信があるかどうかは分からないけど、そう言い切られてしまうと、リアルに木吉を好きになる未来が見える。男同士なんてお先真っ暗なんじゃないかって思うのに、それ以外の、有り得ないとか気持ち悪いとか、そういう感情が湧いて来ない。
 そんなことを考えている時点で、きっと俺の負けなんだろう。


「――じゃあ、好きにさせてみせろよ」


 触れ合うほどに近付いて、に、と唇の端を吊り上げる。俺と木吉じゃ20センチくらい身長差があるから、これだけ近付けば上を向かなければ視線を合わせられない。見上げた木吉は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに頷いた。

Tip Off

( 2011/10/30 )