「あ、この子かわいい」
「そうか?の方がかわいいだろ」


 しれっとそんな風に返されると、どうしたらいいか分からなくなる。何も返す言葉が思い浮かばなくてじっと見つめれば、それに気付いた鉄朗が俺を見て、ふっと優しく笑って。俺はその度に居た堪れなくなって、俯くしかなくなる。
 鉄朗に告白まがいのことを言われてから1週間。鉄朗は隙さえあれば俺に甘い言葉を吐いてくるから、ずっとこんなことが続いていた。
 今だって、俺は雑誌のグラビアに載っていた女の子の話をしていたのに、鉄朗はあろうことか俺とその子を比べて、俺の方がかわいいと言い放った。俺は男だから、かわいいとか言われても嬉しくない。嬉しくない、はずなのに……何でちょっとどきっとしたのか、自分で自分が分からない。
 でもそれ以上に分からないのは、教室の中でこんな会話をしているにも関わらず、誰一人動揺した様子を見せないことだ。普通の男女ならまだしも、男同士でこんな会話をしていたら、普通誰かしら動揺したり、気持ち悪がったり、からかってきたりするものなんじゃないんだろうか。
 それを、鉄朗がトイレに行った隙にクラスメイトに聞いてみたら、そんなの今更だと言われてしまった。


「黒尾のに対する態度は、ずっとああだったじゃん」
「ああ、って…」
「だから、のこと好きなの丸分かりな態度」
「………え、ええ…?」


 思わず俺の方がうろたえて、変な表情を浮かべてしまったんだろう。クラスメイトは「何だよ、その顔」と笑った。


「多分、気付いてなかったのだけじゃね?」


 「なあ?」と彼は近くにいた女子に話を振り、振られた彼女は突然のことに驚きつつもこっくりと頷いた。それに俺は愕然とする。彼の言葉を信じるなら、俺以外は全員、鉄朗が…その、俺のことを好きだって、分かっていたってことになる。しかも、今までもずっとさっきみたいな態度だったって……


「俺、全然気付かなかった…」


 全員が気付いていて俺だけが気付いてないなんて、鈍いどころの話じゃない。…もしかしたら、知らず知らずのうちに鉄朗を傷付けたりしていたんだろうか。


「…?どうした?」


 トイレから戻ってきた鉄朗が、俺を見て怪訝な表情を浮かべる。クラスメイトたちも、困ったような表情を浮かべている。その表情が俺を心配してくれているものだって分かったから、とりあえず笑みを浮かべて、クラスメイトたちには「教えてくれてありがとう」と言った上で、鉄朗の腕を引っ張って教室を出た。
 もうすぐ授業が始まるから、あんまり遠くには行けない。だから近くの、だけどあまり人がいない階段裏のひっそりとしたスペースに鉄朗を連れ込んだ。



「…俺、鈍かった?」


 自分と鉄朗の足元を見ながら、小さな声で問い掛ける。主語のない言葉だったのに、鉄朗にはそれだけで伝わったらしくて、頭上で溜め息を吐く声が聞こえた。
 やっぱり、そうだったのかな。そう思ってびくりと肩を揺らすと、ぽん、と頭に手が乗せられた。ぐしゃぐしゃと撫でる手に顔を上げると、呆れているかと思った鉄朗は、慈しむような顔で俺を見ていて。―――どくりと、心臓が跳ねた。


「自分が鈍いことで、俺を傷付けたって思ったのか?」
「う…」
「そんなわけねえだろ。そんなんで傷付くぐらいなら、最初から告白してる」


 鉄朗の目、声、言葉、手。それらすべてが、俺を好きだと言っている。少なくとも俺にはそう感じられて、これが今までずっと向けられていたのかと思うと、一気に体中が熱を持った。
 その時、タイミングが良いのか悪いのか、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。少ししてバタバタと階段を駆け下りてくる音がして、クラスメイトが顔を出す。


「ふたりとも、そんなところで何やってんだよ。サボり?」
「ちげえよ」


 クラスメイトの言葉にそう声をかける鉄朗の手が、俺の頭から離れる。それが名残惜しく感じたけれど、その手の温もりは教室に戻ってからも消えなくて、授業なんて全然頭に入ってきそうになかった。

Amor del destino

( 2014/12/29 )