、」


 手招きされたので近付くと、ん、とネクタイを渡された。


「何?」
「結んで」
「…?いいけど」


 鉄朗はいつも自分で結んでいたはず。それなのに、どうして今更俺に結ばせようとするのかが分からなくて首を傾げる。別に手を怪我していたわけでもなかったと思うんだけど。
 不思議に思いながらも鉄朗の首元に手を伸ばして、襟を立たせたシャツにしゅるりとネクタイを巻く。それから結ぼうとしたけど、いつも自分がしているのとは逆だから、なかなかうまくいかない。


「あれ?どっちだっけ…」
「その右手に持ってる方が上じゃねえ?」
「あ、そっか。…ん、できた!」


 唸りながら何度か結んでは解いてを繰り返した後、鉄朗のアドバイスもあって何とか結ぶことができた。綺麗な結び目に満足して顔を上げると、ちゅ、とキスを落とされて、思わず固まる。


「サンキュ」


 至近距離で見る鉄朗の顔が、にんまりと満足そうに笑んでいる。それに一瞬見惚れてしまってから、後に続けられた言葉に、かあっと顔が熱くなった。


「1回やってみたかったんだよな、新婚さんごっこ」
「し…!?」
「当然、奥さんはな」


 一応俺も男なんだけど、とは思うけど、そう言われて悪い気はしない。むしろ嬉しく思ってしまう俺は、すっかり鉄朗のペースに乗せられている。


「ついでに、いってらっしゃいのキスまでしてくれると嬉しいんだけど?」


 そんなふざけたことを言いながら、俺がキスしやすいようになのか、鉄朗は屈んで顔を近付けてくる。目も瞑っているから逃げようと思えば逃げられたけど、俺は吸い寄せられるように、目の前にある薄い唇にそっと唇を押し付けた。

いってらっしゃいのキス

( 2014/12/29 )