※小説の「四十九番目の名前」を読んで、昔衝動的に書いた話です。ダグというのはその登場人物で、時期的には小説の空白部分になります。それでもよろしければスクロールしてお読みください。






























 不意に脳裏を過ぎる言葉がある。


『きみの目はガラス玉みたいだね。僕を写しているけど、それは反射しているだけで中には何も届かない』


 それは昔、一緒に任務についたファインダーであるダグに言われた言葉だった。こんな言葉、どうってことない。そんな風に笑い飛ばせられればよかった。…言われた当初はよく気付いたなと、関心さえしたのに。こんなにも気にかかって忘れられないのは、結構傷付いたからなのかもしれない。
 今のダグは、オレを信用してくれるようになった。けれど最初は視線すら合わせないほど、嫌悪されていたと思う。オレは世界を彷徨う身だ。いつかはこの教団を去る日が来る。だから別に誰にどう思われようと構わない。…筈、なの、に。
 は一体、オレのことをどう思っているのだろう。

trigger

「………」


 驚いているのか固まって動かないは珍しかった。それも当然だ。自分の部屋にいない筈の人物がいたら驚くに決まっている。
 オレはひらひらと手を振って、よ、と声をかけた。


「っ………」


 ははっと我に返ったあと、じろりと睨み付けてきただけで、何も答えてくれなかった。のことだから、醜態を晒したとか思っているんだろう。そんなことはないのに。


「………」


 考えるより聞いてみた方が早いと思って訪ねて来たものの、実際にを前にすると何て言えばいいのか分からなかった。は元からオレを嫌っている節があるから、もしかしたらダグより傷付くような言葉を言われるかもしれない。
 オレはこの目で世界を、歴史を、…人の心を、見てきた。だからその目を否定されるのは、オレの存在すら否定されるのと同じこと。…に否定されるのは、辛い。


「……ラビ?」
「……」
「ラビ」


 至近距離で声が聞こえた。我に返ると、いつの間にかが目の前にいる。


「…何か、あったのか?」


 もしかしたらオレは、余程酷い顔をしているのだろうか。それじゃなかったらきっと、はオレに出て行けとは言っても、こんな風に心配そうな表情は浮かべない筈だ。
 何度かと話すようになって、一つ気付いたことがある。はオレと話すとき、必ずオレの目を見ているのだ。ダグはオレの目を見ようとしなかったのに。
 へらりといつものように笑おうとした。けれどそれが失敗に終わったのは、が顔を顰めなくても分かった。


「…、は…」
「……何?」
はオレの目、どう思う?」


 この質問はにとっては唐突だったと思うのに、は怪訝そうな表情を浮かべることもなく、じっと考える素振りを見せた。


「……たまに鋭くなったり、冷たくなる時があると、思う」


 そこで頷いたり言葉を挟むのは、何故かダメなような気がした。だから口を結んで、言葉を選びながらどこか一生懸命に言葉を紡ぐの声に耳を傾ける。


「…ラビがどんな過去を持つのか知らないけど…それは、今まで生きる中で身に付けた処世術なんだろう。だから、その瞳も含めてラビなんじゃないのか」


 そのとき湧き上がった感情を、何と言えばいいのか分からない。けれどもそれは、切なさにも嬉しさにも似た感情だった。
 はオレを否定しなかった。むしろ紡がれた言葉は、肯定してくれているようなものだ。
 嬉しかった。オレを理解してくれて。切なかった。といつか離れなければならない日がくることが。できるならばずっと、の傍にいたいのに。


(…ああこれがきっと、愛しいという感情なのだろう)(オレには不要な、もの)





( 2010/10/16 )