だらりと机の上に両腕を伸ばして、その間に顔を埋める。 昨日遅くまで本を読んでいたせいか睡魔が襲ってきて、ふわりと欠伸が込み上げる。 伸ばした腕に触れたのかカチャンと何かが落ちた音がしたけれど、それを拾う気すら起きない。 何となく唸ってみると、ぺしりと後頭部を叩かれた。 「痛い…」 「、落とし物。つか悪ィな、踏んだ」 悪いと思っていないような声は、いつもならこの時間にいない人物のものに似ている。 声全体でダルさを表すこんな声は他に持ち主もいないだろうと思わず顔を上げると、そこにはやっぱり想像通りの人物が立っていた。 「…皆守?遅刻魔のお前がどうしたよ」 落ちたものをわざわざ拾ってくれたらしい皆守とは、今はクラスが違うけれど2年の時に同じクラスになって以来何となく交友関係が続いている。 だからこそ皆守が朝に弱いことを知っていたのだが、こんなに早く来た皆守を2年の時は見たことがなかった。 はクラスで一番早くに登校するのが常であり、まだ朝も早い今は生徒たちは誰も来ていないのだ。 左頬を机にくっつけたままの体勢で不思議そうな表情を隠さずに見上げると、皆守はうんざりとしたような表情を浮かべて机の端に拾ったシャープペンシルを置いた。 「九龍に引き摺られてきたんだよ。…はホントに朝早いんだな」 「?うん、まあな。てか、皆守が他人にペース乱されんのって珍しいな」 3−Cに来た転校生と皆守が仲良いのは、風の噂で聞いたり見かけたりして知っていた。 今の言葉はずっと思っていたことで、そう言えばもう1つ聞いてみたかったことがあったんだと思い出した。 ”転校生”というだけで注目されている葉佩は皆守と後もう一人とつるんでいて、この学校では知らない者がいないというくらいの噂が立っている。 気になっていたのはそのもう一人が、女の子ということだ。 「あの元気な女の子…何だっけ、やちほ、だっけ?」 「…八千穂がどうかしたか?」 「皆守の彼女?」 「………は?」 思い切って問い掛けてみた質問は、思い切り怪訝そうな表情で返された。 「え、あれ、違う?」 「何でそう思うんだお前は…」 盛大な溜息を吐いた皆守はその拍子にアロマを落としそうになり、慌ててそれを咥え直す。 そうだと思ってたんだけどなあとぶつぶつ呟くを見下ろした後、皆守は視線を合わす為にしゃがみ込んだ。 「俺が好きなのは八千穂じゃない」 「…じゃあ誰?」 「知りたいのか?」 「うん。だってホラ、皆守ってモテんのに彼女作んないじゃん。俺ずっと不思議で――」 続ける筈だった言葉は、口を塞がれて紡ぐことが出来なかった。 ぱちくりと瞬いた視界に映るのは、皆守の端正な顔だ。 ゆっくりと離れていった皆守を見つめながら、は口に残るアロマの独特な味に、キスされたんだと気が付いた。 目に見える程顔を真っ赤に染めて顔を上げたに、皆守はくつくつと笑っている。 何処か嬉しそうなその横顔に何か文句を言おうと口を開いても、ぱくぱくと金魚のように開閉するだけで、声にはならない。 「〜〜〜〜…っ!!?」 「俺が好きなのはお前だ、」 そう言った皆守は背中を向けていて、どんな表情をしているのか読み取ることは出来ない。 は文句を言うことを諦めて、真っ赤になった顔を治めようと机に突っ伏した。 暫く悩んで顔を上げた時、皆守の姿はそこにはなかった。 嘘なのか本当なのか真意の分からない皆守に、は当分頭を悩ませるハメになる。 だって、嫌じゃなかった。 嫌じゃなかったのだ。 「あ、おかえり甲ちゃん…って、どしたの?顔真っ赤だよ」 「いや…早起きするのも悪くないな」 「だから言ったじゃーん。は朝が早いって俺の情報、役に立っただろ?いっつも見かけんだよ俺ー」 「ああ、九龍もたまには役立つんだな」 「たまにはって何だよ!」 うちの葉佩は情報通なので、皆守が主人公ラブということも知っています。 |