どんなに手を伸ばしても届かないと知っているのに、それでも手を伸ばさずにいられないのは何故なのだろう。 白く息を吐きながら、は空に向けて思い切り手を伸ばした。その手のひら越しに星を見上げる。掴めない星。縮まらない距離。 眺めるだけで、言葉を交わしたことはない。接点も何もないから、彼はのことなど知らないだろう。とて彼のことはほとんど何も知らないに等しい。知っているのは名前と、とても優しく笑うのだということくらいなのだから。 (…その笑顔を向けてもらえるだけでもいいのに) けれどそれは無理な話だった。星がのためだけに瞬いてくれるはずがないように、彼もまた、だけに笑いかけてくれることはない。 「、こんなところにいたのか」 切なくなったところで不意に声をかけられて、は慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。振り向いた先には、呆れたような顔をした宮地が立っている。 「龍之介」 「おまえはまた、上着も着ないで…」 「ごめん、すぐに戻るつもりだったんだ」 「そうだとしても、外は寒いんだ。せめてこれくらい持っていけ」 言いながらふわりと首にマフラーを巻かれて、はきょとんと向かいに立つ男を見上げた。その視線から逃れるように宮地はふいっと外方を向いてしまったが、その首筋は赤く染まっている。照れるのなら渡してくれるだけで良かったのにと思いながらも、それを口にはしない。すぐに寒さをなくしてくれようとする、不器用な優しさは宮地の良いところなのだ。 「ありがと」 「どういたしまして。…星を見てたのか?」 「うん」 「………」 問いかけてきたのは宮地なのに、それ以上話が続かない。不思議に思ってちらりと窺った横顔は、何故かさっきよりも苦痛に歪んでいた。 「龍之介?」 名前を呼んで腕を掴むと、びくりと大きく反応が返ってくる。泣きそうな顔で見つめられて、は胸を鷲掴みにされたような感覚がした。 「…変なことを言うかもしれないが、笑わないで聞いてくれるか」 宮地らしくない言葉だった。その真剣な声に押されて、声を出すこともできずにこくりと頷く。 「…空に手を伸ばしているおまえを見つけた時、そのまま連れて行かれるんじゃないかと思った」 「え…?」 「あんな顔をするのなら、ひとりで空を見るな。俺で良ければ、いつでも付き合ってやるから」 不毛な恋に身を焦がすの姿が、宮地には儚く消えてしまいそうに見えたらしい。 空がを連れ去るなんて、有り得るわけがない。宮地もそれは分かっているはずだ。だからこそ初めに、笑わないで、と言ったのだろう。変だと思われるかもしれないと思いながら、それでも宮地はこんな風に苦痛に顔を歪めて、にひとりで星を見るなと言う。 ぽかんと見つめると、見つめられる宮地。さっきと状況はまったく同じなのに、宮地は顔を赤くすることも、逸らすこともしなかった。 (…どうしよう、口説かれてる気分だ) 星を彼に例えていたことなど、宮地は知る由もない。だから今の言葉に深い意味なんてないと分かっているのに、かあ、と顔に熱が集まる。 星に向けて伸ばした手は、どうやったって届かない。けれど今、の手の中には暖かい温もりがある。 「いつでも、いいの?」 さっきの言葉にそう返せば、笑顔も向けてくれる。 「が見たいと思う時に俺を呼べばいい」 小さく、けれど確かに頷いて、宮地の腕を掴んだままはもう一度空を見上げた。思ったとおり、もう星に向けて手を伸ばしたいとは思わなかった。 星ひとつ掴めない
( だけどそれでも構わない、君がいるから )
( 2010/01/11 ) |