最近はちゃんと学校に来ているみたいなのに、すっかり付き合いが悪くなってしまった燈治と、久し振りにふたりで飯を食べに行くことになった。と言っても、行くのはいつものカレー屋さん。出来てからそんなに時間が経ってないけど、既に常連となりつつある彼処はのんびり過ごすには良い空間だ。
 話したいことはたくさんある。一匹狼的な存在だった燈治がつるんでいる七代千馗という男は、燈治から見てどんな人なのか、とか。巴は七代のことを気に食わないとか何とか言ってたけど、あれは穂坂を取られて拗ねているだけだろうから、あまり信用が置けない。俺は燈治を取られても七代を気に食わないとは思わないけど、ちょっと羨ましいと思う。穂坂と3人で、いつも楽しそうだから。
 ……ああそうだ、穂坂と言えば、燈治に聞きたいことがあったんだった。


「七代と穂坂を取り合ってるんだって?」


 最近、よく耳にする噂がある。燈治と七代と穂坂は三角関係で、男2人が穂坂を取り合っているという噂。年頃の男女がいつも一緒にいれば不粋な推測をしたくなるというもので、例に漏れず、俺も気になっていた。


「げほっ、ごほっ!」


 でもその噂は本人の耳には入っていなかったのか、燈治は盛大に咳き込んだ。


「あ、動揺してる?」


 あながち嘘というわけでもないのかな、と思いながら、燈治の背中を擦る。カレー屋に向かう道の途中だったので、行き交う人々の視線がちょっとだけ痛い。それから逃れるために、路地裏に噎せる燈治を引っ張り込んだ。少し落ち着いたところで近くの自販機で買ったペットボトルの水を渡してやると、一息に飲み干して、何故か燈治はうんざりしたように俺を見た。


「お前なぁ…」


 それから視線を逸らして、はあ、とわざとらしい溜め息。ちらりと恨みがましく視線を向けられる。


「な、なに…」
「鈍感」
「はぁ?」


 思いがけない言葉に眉を顰めた。今の流れで、何で俺が鈍感と言われなきゃいけないのか分からない。でも、穂坂を好きだというわけじゃないってことだけは分かる。…ということは。


「もしかして、好きなのは七代の方…とか」
「気持ち悪いこと言うんじゃねぇよ」
「気持ち悪いって…だめだよ燈治、俺が七代のこと好きだったらどうすんの」


 そんなこと言われたら傷付くよ?
 そう言って注意すると、燈治はものすごい剣幕で俺の肩を掴んだ。


「お前、千馗のこと好きなのか!?」
「え?や、違う違う。もしもの話」


 何なんだろうこの反応…。気持ち悪いとか言いつつやっぱり七代のこと好きなんだろうか。でないと俺が七代を好きだった場合、この反応の理由が…


「あれ?」
「あ?」
「まさか、俺じゃないよな」
「何が」
「燈治の好きな奴」


 鈍感と言われたり、こんな風になったり。その理由を考えていて、不意に脳裏を過ったことを呟いてみると、燈治はぴしりと固まった。


「え、嘘、ビンゴ?」
「…っ悪いかよ!」
「悪くないけど…」


 俺から離れて、逸らされた顔は耳まで真っ赤。少なくとも嘘というわけじゃなさそうだ。燈治はこういうことで冗談を言えるほど器用じゃない。
 でも、これじゃ鈍感と言われても無理はないな…。違うクラスであんまり一緒にいないとは言っても、燈治のことはずっと見ていたのに全然気が付かなかった。


「〜…早く行こうぜ!」


 気まずくなったのか、燈治はまた歩き出した。俺も続きながら、その後ろ姿を眺める。
 がっしりとした体型に、整った顔。今までは近寄りがたい雰囲気だったからあまり告白されたりはしていないみたいだけど、燈治を好きだという女の子は結構多い。ちょっと不良っぽいところも良いみたいだ。七代が転校してきてからは笑うことも多くなって、人気は右肩上がりだって聞いてる。
 その燈治が、俺を好き。不思議なこともあるものだ。


「なー、燈治」
「何だよ」
「俺の何処が好きなわけ?」
「往来でんなこと言えるかよっ」
「じゃあカルさんのとこに行ったら教えてくれる?」
「あいつの前で話したら他の奴等に筒抜けだろうが!」


 それもそうか。あの人、口軽そうだもんなー…。


「大体、何でそんなこと気になるんだよ」
「え、好きな奴のことだったら気になるだろ?」
「……は?」


 さっきまでとは一転してぽかんとした間抜けな顔。


「ど、どういう意味だよそれ」
「どういう意味って?」
「お前鈍いのか鋭いのかどっちかにしろよ…」


 どっと疲れたように肩を落とす燈治にはっとする。そう言えば俺、燈治のことを聞くばっかりで、自分のことは何にも話していなかった。
 これだから巴に怒られるんだよな。あんた自分のポーカーフェイスを理解しなさいって。ちゃんと言葉にしないと、相手にはあんたがどう思っているか絶対に伝わらないわよ。1年の時、初めて同じクラスになってから、耳にタコができるほど言われてきた言葉を思い出して反省する。


「…お前、俺のこと好きなのか?」


 言いにくそうに問い掛けてきた燈治の目を見て、しっかりと頷く。でも、燈治はまだ半信半疑みたいで複雑そうな顔をしている。これでも結構ドキドキしてるんだけどな。多分顔には出てないだろうから、燈治には伝わっていないんだろう。


「ちょっと手貸して」


 燈治の手を取って、俺の胸に押し当てる。服越しにでも鼓動が伝わるように。


「な、」


 女の子みたいにふっくらとした柔らかな胸というわけじゃないのに、燈治は真っ赤になって慌てた。…俺もこのくらい分かりやすかったらよかったのに。


「わかる?ドキドキしてんの」
「…あ…」
「俺が燈治を好きだって伝わった?」
「……おう」


 頷いてくれてほっとする。これでもだめなら、どうすればいいのか分からなくて途方に暮れるところだった。


「っ、お前…」
「え?」


 もう胸元から手はどかしているのに相変わらず真っ赤な燈治。というかむしろ、さっきよりも赤いような…?


「どうかした?」
「な、何でもねぇよ!ほら、行くぞ!」


 周りを配慮してなのか、手のひらではなく俺の手首を掴んで、燈治はずかずかとカレー屋に向かって歩き出す。とりあえずカレー屋に着いたら、カルさんのいないところで問い詰めてみよう。そう思った。

無自覚のポーカーフェイス

(あの状況であんな風に笑うのは反則だろ…!)
( 2010/05/11 )