街を森山と2人で歩いていると、ひそひそと聞こえてくる声がある。 「見て、あのふたり。美男美女ってカンジじゃない?」 「ほんとだー。お似合いだね」 「あたしもあんな彼氏ほしー!」 そんな風に言われるカップルがどんなものか見てみたくて周りを見ても、カップルらしい人たちは見当たらない。何となく声がした方を見ると、女の子たちとばっちり目が合ってしまった。 「やば、目ェ合っちゃったよ」 「今の、聞こえたかな?」 慌てて目を逸らすと、さっきより少しだけひそめられた声でそんな会話をしているのが聞こえてきた。もしかして、と思ってもう一度周りを見ても、俺以外に彼女たちを気にしているような人はいないみたいだ。……ということはもしかしなくても、美男美女のカップルというのは俺と森山のことなんだろうな。 言うまでもなく俺も森山も男だけれど、ふたりで歩いていると、カップルに間違われることが多い。しかも不本意なことに、カップルはカップルでも、美男美女のお似合いカップルなんだとか。 美男と言われるのは嬉しいだろうけど、きっと今俺が言われたのは美女の方。男としては嬉しいわけがなくて、複雑だった。 じゃあ、美男と言われた森山はと言うと。凄く喜んでいるだろうと思ったのに、女の子たちの声が聞こえていなかったようで、森山は逆の方向にいる女の子たちに夢中だった。 …森山が残念と言われる所以は、こういうところにもあるのかもしれない。 「ねえ森山」 「んー」 「今、森山みたいな彼氏欲しいって言ってた子がいたよ」 「なに!?」 どこだっ、と俺の方を向いた森山は必死な形相をしていて、その顔に思わず吹き出してしまう。 「笑ってないで教えろよ」 「あははっ、だって凄い顔してんだもん。……あ、ごめん、いなくなっちゃった」 お腹を押さえながらさっきの女の子たちがいた方を見ると、その姿はどこにも見えなくなっていた。周りを見渡しても見つからないから、どこかお店の中にでも入ったのかもしれない。 もしかしたら森山にも春が訪れたかもしれないのに、と残念に思っていたら、頭をがしっと掴まれた。…当然だけど、俺より残念に思っていた人がいたみたいだ。 「俺のこの上がったテンションをどうしてくれるんだ…」 「だからごめんってば。ご飯奢るから許してよ」 「よし」 何がよしなんだか、と思いながらも言わないで、溜め息だけを吐く。もともと自分が聞いていなかったのが悪いのに、俺のせいにするなんて酷い。もう森山のことをかっこいいって言っている女の子がいても、絶対に森山には教えてあげないことにしよう。 むすっとしていると、膨らませた頬を森山に親指と人差し指で潰された。 「…いひゃい」 「奢るって言ったのお前なんだから、そんな顔してんなよ」 こうやって軽く笑う森山はかっこいいと思う。俺や部活仲間にするような接し方を女の子にしていたら普通にモテると思うんだけど、女の子大好きな森山は、女の子に対してはどうもがっつきすぎるところがあるからいけない。 一度でも女の子と付き合ってみれば、森山も落ち着いた大人の男の人に近付けるんだろうか。そうしたら女の子の方から寄ってくるようになって、きっと、彼女なんて選り取りみどりになるんだろう。俺が知ってる森山には、それだけの魅力がある。 もし本当に彼女が出来たら、きっと森山は彼女を何よりも優先して、こんな風に俺と遊んでくれることなんてなくなるんだろうな。……それはちょっと、…かなり、さみしいかもしれない。 「…?どうした?」 頬を潰されたままだったから、俺の些細な表情の変化にも森山は気付いたらしい。手を離して、心配そうに覗き込んできた。 「…森山」 「ん?」 「彼女出来ても、たまには俺と遊んでくれる?」 想像もしていなかったのか、俺の言葉にぽかんとする森山。でもすぐに吹き出して、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「嫌だって言っても連れ回してやるよ」 「ほんと?絶対だよ」 「…が女だったら、一石二鳥だったのにな。残念」 「?なに…」 苦笑いで紡がれた言葉がよく聞こえなくて、聞き返そうとすると。 「あのふたり仲良いね〜」 「彼氏かっこよくない?」 またそんな声が聞こえてきて、あからさまな視線を感じた。森山は気にした様子もないから、きっとその「かっこいい彼氏」が自分のことだとは気付いてもいないに違いない。 今この瞬間にさっきみたいに教えてあげれば、きっと今度こそ声をかけるぐらいは成功するのだろうけれど。ちょっとした仕返しと、もう少しだけ森山を独占したかったから、俺は何も聞こえなかった振りをすることにした。 delicate
( 2012/11/04 )
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