「おはよ、仁王。ちょっと来て」
「お、何じゃ?」


 登校してきた仁王の腕を掴んで、教室から連れ出した。そのまま屋上に続く階段まで向かって、辺りに人がいないことを確認する。


?」
「これ」


 不思議そうな仁王に、ポケットから取り出したものを差し出した。それを見た瞬間、ぴしっと固まる仁王。…やっぱり、もっとちゃんとしたやつ用意すれば良かったかな。こんなどこでも売ってるような板チョコじゃ、バレンタインって感じもしないし。でも男の俺が気兼ねなく買えるのは、こういうのしかなかった。


「…いらない?」


 しばらくしても受け取ってくれないことに不安になって問い掛けると、はっとした仁王が奪うように俺の手から板チョコを受け取ってくれた。それにほうっと息を吐く。


「そんなわけなか」
「よかった。そんな普通のやつでごめんな?」
「いや、嬉しいぜよ。…ありがとう、


 いつもより柔らかい微笑みに不意を付かれる。かぁぁ、と顔が熱くなって、どういたしまして、という言葉が変に裏返った。


「それ、渡したかっただけだから。教室戻ろっか」


 動揺を悟られないようにぎこちなく笑って踵を返すと、





 いつもは呼ばれない名前で呼ばれ、ぐいっと腕を引っ張られた。振り向いた瞬間に唇に温もりが触れて、すぐに離れていく。気付けば仁王の端正な顔が目の前にあって、ようやくキスをされたのだと気付いた。


「なっ、〜〜…っ」
「ホワイトデーは3倍返しが基本じゃったな。…期待しときんしゃい」


 耳元で囁かれた言葉も声も甘くて、腰が砕ける。そのままへたり込んだ俺を抱き留める仁王は、いつになく楽しそうに笑っていた。

Happy Valentine's Day

( 2010/02/14 )