フロムクライ



「ごめんね…」


 そう言った彼女のぽろぽろと流れる涙が、すごく綺麗だった。俺はフラれたばかりだというのに彼女のこういうところを好きになったんだ、と認識して、自嘲気味に笑む。
 バカだよな、俺。こんな風にデリカシーがないから、彼女は俺に愛想を尽かして、他の男を好きになったんだ。


「…いいよ、謝るなよ。繋ぎとめられなかった、俺が悪い」


 偽善ではなく、本当にそう思った。自分が彼女好みでなかったことが心底悔やまれる。付き合えたことさえまるで奇跡のように思っていた俺は、彼女にとっては物足りなかったんだろう。
 別れたくないと、足掻く気にはなれなかった。俺はまだ彼女を好きだけれど、俺ではない誰かを好きな彼女と、一緒にいることはきっと耐えられない。…好きだから、尚更だ。


「…怒らないの…?」
「どうして?悲しいし辛いけど、怒る必要なんてない」


 努めて笑顔を浮かべながらそう言うと、彼女はまたぼろぼろと涙を流した。
 彼女の涙を見ながら、女の子は好きでもない男の前で泣くもんじゃないな、とぼんやりと思う。手を伸ばしたく、なる。それを狙っているというのならまだしも、無意識であれば、余計質が悪い。こういう時、男はどうすればいいんだろう。分からない。分からないから、何もできない。
 彼女が好きじゃなくなるのも当たり前だと、俺は一体、今日何回思い知ればいいんだろう。彼女の言う通り、ここで怒った方が良かったんだろうか。だけど、彼女は悪くない。俺じゃない人を好きになっただけだ。移ろいやすい人の心を、一箇所に留めておくのは難しい。それが俺にはできなかった、ただ、それだけのことなんだから。




*すきだけど、すきだから。





( 2008/09/04 )