フロムクライ
「君がくん?へぇ…」 1時間目の休み時間。平凡な俺でも知っているようなテニス部の部長が、廊下での擦れ違い際に、そう声をかけてきた。 向けられたのが値踏みされているような視線だったように思えたんだけど、何だったんだろうか。それに最後ににっこりと微笑んで、がんばってね、と言われたのも。わけがわからない。そもそもどうして俺のことを知ってるんだろう? 「む…お前か、というのは」 2時間目の休み時間。トイレから出ると、テニス部の副部長がちょうど入るところで、俺の名札を見ての開口一番がそれ。 俺が知っているテニス部副部長の印象は、きっぱりはっきりしているというものだったのに、何故か俺を見る視線に戸惑いが感じられた。…本当に、何? 「仁王くんがお世話になっています。よろしくお願いしますね」 3時間目の休み時間。4時間目が移動教室で、仁王と一緒に歩いていると、前から歩いてきた人に丁寧に頭を下げられた。…朝からの出来事を考えると、この人もテニス部なんだろうか。 驚いたけれどどこか楽しげに仁王が笑っていたから、こちらこそ、と頭を下げ返した。後から仁王に、あれが柳生じゃ、と教えてもらった。仁王から何度か話には聞いていたけど、会うのは初めてだ。 「…同情するぜ…」 昼休み。屋上に行く途中でぽん、と肩を叩かれて振り向くと、神妙な顔付きのジャッカルが立っていた。何が?と問い掛ける前に向けられてしまった背中はどんよりとしていて、とても声をかけられるような雰囲気じゃない。 どうしたんだろう。あんな状態のジャッカルに同情されたのが気になる。 「仁王先輩、この人っすか?」 ジャッカルの言葉を不思議に思いながら屋上で仁王と一緒に飯を食っていると、同じく屋上に飯を食いに来たらしい後輩らしき人物が仁王にそう声をかけてきた。 仁王の返事も待たずに俺を不躾に見てきた彼を、仁王はにべもなくしっしっと手の甲で追い払う仕草をする。それに不満そうに、だけど確信を得たらしく、にまにまと笑いながら彼は友達のところへと行ってしまった。 「なるほど。君か」 5時間目の昼休み。わざわざうちの教室にやってきて俺の前で立ち止まり、納得したようにそう呟いて教室を出て行った人物がいた。 途中でブン太や仁王に話しかけていたから、間違いなくあの人もテニス部なんだろう。今日は本当に、テニス部の連中に話しかけられる日だ。 「『今はが一番大事じゃ』っつってフッたんだと。やっぱお前、気に入られてんじゃん」 放課後、事情を話すとブン太が何でもないかのようにそう教えてくれた。つまる話が、昨日仁王が女の子に告白されて、今ブン太が言った台詞で断ったらしいのだ。それを知ったテニス部が、その仁王の一番である俺を見に来たのだという。 俺はそんなに仁王に心配かけてるんだろうか。そう思いながら仁王を見ると、に、と笑顔が返ってきた。…うん、申し訳ないとは思うけど、今はもう少しだけこの笑顔を独占していたいと思う。そのためなら見世物になったっていい。
*まわりはじめたはぐるま
( 2008/09/04 ) |