「昨日、岳人に言われたんやけどな、…びっくりせんと聞いてや」 「は?何を」 遠慮もへったくれもない、怪訝そうな顔。綺麗な顔を惜しみなく歪められるのは、自分の顔にまったく頓着していない証拠だと思う。忍足はのそういうところが好きだけれど、これから言わなければならないことでこの顔が更に歪められるのだと思うと、何となく申し訳なくなってくる。 忍足は周りに誰もいないのを確かめて、の耳元に唇を寄せた。 「『って男と付き合ってるらしいぜ』」 「………何それ」 言われたままの言葉を紡ぐと、はぽかんと固まった。そんな姿を見て、思わず苦笑いが零れる。きっと岳人にこのことを聞いた時の自分が、ポーカーフェイスを気取ることもできずにこんな表情を浮かべていたに違いない。 「この前教室でキスしたん見られてたらしいわ。…ほんま、勘忍な」 心の底から申し訳ないと思うのは、何を隠そう見られたら困ると言ったを説き伏せてキスしたのが自分自身だからだった。つまり、岳人の言う『が付き合っている男』が忍足なのである。 「…噂になってんのは俺だけ?」 「みたいやな。相手は見えなかったらしいけどって言っとったから」 「ふーん…」 「ふーんて、怒ってへんの?」 意外な反応に面食らう。怒るか凹むか、最悪別れを切り出されるんじゃないかと気が気でなかったのに、今の言葉だけを見るといつもどおりとしか思えない。 驚いての顔を覗き込むと、何だよ、と顔を顰められる。これは照れているだけ。…つまりは本当に、怒っていないのだ。 「俺さ、侑士がきゃーきゃー言われてるの好きなんだよな」 「…初耳やわ、それ」 そもそもは、自分から好きだとか愛してるだとか、そういう忍足に対する好意的な言葉を吐こうとしない。それでも忍足が気持ちを伝えると嬉しそうに微笑んでくれるから、何とか恋人という実感を持てているくらいである。だから今の言葉はとても貴重なものだった。 本気で驚く忍足には苦笑いを浮かべた。自分でも言葉が足りないと思っていたのかもしれない。忍足が疑う余地のないように、言葉を続ける。 「多分、自己満足。あいつは俺が好きなんだって思うと、凄い嬉しくなんの。…だから、侑士がモテなくなるのは嫌なんだよ。しかも俺のせいでなんて、絶対に嫌だ」 「……」 「その点、俺だけなら全然平気。そういうのは、お前を好きになってからずっと覚悟してるし」 淡々とした口調で紡がれる言葉は、それがのものだからなのかそうじゃないのか分からないけれど、他のどんな言葉よりも柔らかく、胸にじんわりと染み渡った。 顔に熱が集まってきて、頬の筋肉が緩む。それをに気付かれないように、片手で顔を覆った。 「…あかん、かわいすぎる。キスしたくなるようなこと言わんといてぇな」 「俺のせいじゃないだろ、それは」 返って来るのはちいさく笑う声。我慢できなくなった忍足は、もう一度周りに誰もいないことを確認して、啄ばむようにの唇を奪った。 mellow mellow
( 2008/10/01 )
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