昔から俺は、感情を隠すのが得意だった。心の中で思っていることと反対のことを言ったり表情を浮かべるのは慣れてしまえば凄く簡単で、幼い頃からの付き合いである旦那にだってバレたことはない。ただ、鋭い奴は鋭いもので、伊達の旦那や長さんには「お前、実は腹黒いだろ」って言われたりする。…まあ、否定はしないけどね。
 長さんには、可愛がってる幼馴染みがいた。同じ年の男なのに、長さんといるとまるで恋人同士のようにも見える彼は、という。綺麗な顔付きやすらりとした長い手足、けして地味ではないのにうまく周りに溶け込むところはただでさえ俺好みだったのに、極め付けがこれだ。


「…猿飛は、自分のことはいつも二の次なんだね」


 何かのきっかけで2人きりになった時、はぽつりとそう言った。声の調子はいつもどおり穏やかで、頬も緩められているのに視線はまっすぐ俺を捉えていて、逃げることを許さない。


「…どうして」
「見てれば分かるよ。…ちかや政宗が自分のために行動するようなタイプだから、そうじゃない人は何となく、分かるんだ」


 その時込み上げたのは、うまくはいえないけれど、不安や嬉しさが綯い交ぜになったような感情だった。自分を理解してもらう必要なんてないと思っていたし、理解してくれる人なんていないと思っていたから、どう反応していいのか分からなかった。けれどは戸惑う俺にも、ふわりと柔らかく微笑みかけてくれた。
 その時、ああ、だからか、と思った。長さんや伊達の旦那が普段は自分のためにしか行動しないくせに、のためにだけは行動を起こす理由。こんな風に全てを包み込んで許容してくれるのためだからこそ、あの人たちは動く。そして多分それはきっと、この俺でさえも。


「誰かのために行動することは悪いことじゃないし、なかなかできることじゃないと思う。でも、それだけじゃ疲れるから、たまには自分のために行動してもいいんじゃないかな」


 俺のやることを否定しないで、その上褒めるようなことを言って。疲れるから、なんて簡単な理由で、俺に自由を許してくれる。…いや、許すなんて上から目線、には似合わないか。優しく穏やかに、受け入れてくれるから。


「―――じゃあ、ひとつだけ我侭言っていい?」
「うん?」
「俺のことも、長さんや伊達の旦那みたいに名前で呼んでくれない?」


 この言葉に、はぱちくりと目を瞬かせた。それから、どこか照れ臭そうに微笑む。


「そんなこと、我侭でも何でもないよ、…佐助」

君に堕ちる

( 2009/05/13 )