まずはお友達から。 「好きだ」いつもより少し掠れた声でそう言って、そいつ―――渋沢は俺を真剣な目で見つめてきた。普通なら冗談だと思えるその言葉も、相手が渋沢というだけで冗談ではないんだと思える。話したこともないのにそう思えるのは多分、渋沢の醸し出す雰囲気と、見たり聞いたりした人柄のせいなんだろう。 「…何で、俺?」 渋沢は武蔵森サッカー部キャプテンとして名高く、将来はプロのサッカー選手という道が確実に用意されている、かなり有望な奴だ。けれどそれを驕ることがないから、老若男女関係なしに慕われている。 その点俺はパッとしないし、はっきり言ってクラスメイトにすら名前を覚えてもらってるかどうか。だから渋沢が俺の名前を知っているのが凄く不思議で、俺を好きだという理由には、皆目見当が付かなかった。 「…言わなきゃ、ダメか?」 言い辛そうに頬を掻き、渋沢は口ごもる。いつもしっかりと話すような印象があったから、それは少し意外だった。 「や、ダメって訳でもないけど…何で俺のこと知ってんのか、気になったから」 「何でって、当たり前じゃないか。は隣のクラスなんだから」 当然のようにそう言って渋沢は、言外で知らない訳がない、と言った。俺は呆気にとられて、思わずぽかんとする。 隣のクラスの――しかも目立たない俺に、知っているのが当たり前だと言えるのは一体何人いるだろう。きっと渋沢以外にはいやしない。 少しだけ、嬉しくなる。誰もが知ってる渋沢が、俺の存在を当たり前だと言ってくれた。だから尚更俺の何処を好きになってくれたのか気になったけど、言いたくないのを強要するのも気が引ける。そして告白されたのだということを思い出した。 「……なあ、渋沢」 「何だ?」 「俺、渋沢のこと何も知らない」 「ああ」 「だから、まずは友達になりたい」 俺が知ってる渋沢克朗は、所詮周りから聞いたイメージでしかない。聞いた噂の中には、嘘だったり誇張されたものもあるんだろう。そんなので渋沢を判断したくなかったし、何も知らないまま、渋沢の告白を断ってしまうのも勿体ないような気がした。 俺の言葉に渋沢は目を見開いて、それから柔らかく微笑む。その笑顔がとても優しくて、俺は渋沢に良い印象を抱いた。渋沢を好きな奴は、俺が知ってるだけでも山のようにいる。そんな渋沢が俺を選んでくれたことは、かなり凄いことなのかもしれない。
( 2005/12/11 )
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