「で?お前は俺が好きなワケ?」


 賑やかな喫茶店内で向き合う俺と慎吾。その慎吾が当たり前のようにそう問い掛けてきたものだから、飲んでいたアイスティーを危うく噴き出しそうになった。何とか飲み込んで、慎吾を見やる。いつもどおりの、眠そうな瞳。俺が抱える重大な秘密を聞いたばかりとは思えない。それに、今の言葉。


「何でそうなんの?」
「違ぇの?お前、見る目ねーな」


 俺は今、確かに慎吾に男が好きなんだと打ち明けた。そして多分、俺が好きなのかと聞いてきたということは、それはすんなり理解してもらえたんだろうと思う。…俺が慎吾の言葉を理解出来ないだけで。
 …あ、やばい。本気で混乱してきた。


「えー、と。…ごめん、慎吾」
「何だよ」
「俺、男が好きなんだよ?」


 周りに聞かれないように、声を潜めて身を乗り出す。だけど慎吾はまったく顔色を変えない。


「今聞いたけど」
「驚かないんだ?」


 そうだ、俺が不思議なのはその一点にある。準太はちょっと状況が違うけどあんなに狼狽えていたのに。慎吾はあまりにもいつもどおりで、俺の方が虚を付かれた。


「別に驚かねぇよ。お前、モテんのに全然彼女作んねーから、ずっと不思議だったし」
「…別にそんなにモテないけど」
「みんなでそーいう話してっ時も乗ってこねぇし、こないだ利央の彼女の話になった時だって途中でいなくなったろ」
「…はあ」
「準太が追い掛けてったから放っといたけどな…って、コラ」


 ぎゅむ、と頬を摘ままれる。


「何ぼけーっとしてんだ?」
「ひんごいひゃい」


 慎吾、痛い。そう言ったつもりだったけど、頬を摘ままれたまんまじゃうまく言葉にならなかった。それに慎吾はにやにやと楽しそうにしている。離してもらった後もしばらくひりひりして、頬を擦りながら問い掛けた。


「…もしかして、気付いてたとか?」
「女に興味ねーのかもって思ってたぐらいで、男が好きだとは思ってなかったけどな。だってお前、俺らにベタベタするわけでもねーだろ」
「うん」
「でも、言われてみたら納得した。だから驚かない」


 淡々と説明する慎吾の話を聞いていたら、嬉しい反面、ちょっと恥ずかしくなってきた。だって俺が思っていたよりずっと、慎吾が俺のことを考えてくれていたってことだと思うし。


「惚れた?」
「…そーいうこと言わなきゃかっこいいと思う」
「あっそ」
「てかさっきから何?それ」
「身近にこんなカッコイイ奴がいたら、フツー惚れるだろ」


 思わず絶句した。なのに慎吾は俺の視線なんかものともしないで、アイスコーヒーをずずっと啜っている。
 確かに慎吾はかっこいいから、俺の女友達の中にも慎吾を良いって言っている子は結構いる。顔だけじゃなく、普段は何も考えてないように見えてそのくせ頭の中で冷静に相手を分析しているような、そういうギャップが魅力的なんだとか。それは、俺もそう思う。………思う、けど。実はこいつ、本当に何も考えてないのかもしれない。
 だって大体にして、本当に俺が慎吾を好きだったらどうするつもりだったんだろう。俺の気持ちが慎吾にないことを知ってて聞いてきているのか、好きだったとしても今までと変わらず接してくれるつもりなのかは分からないけれど。…慎吾だったらそのどちらもあり得そうな気もするから、何とも言えないところだ。
 でもそれが凄く慎吾らしくて、無性におかしかった。


「…ふは…っははは…!」
「何だよ」
「ご、ごめ…っ」


 謝りながらも、込み上げた笑いは止まらない。ひとしきり笑った後、呼吸を整えてからアイスティーを飲んで、そこでようやく落ち着いた。
 慎吾が友達で良かったと、心の底から思う。こうやって普通に受け止めてくれる奴なんて、本当はとても少ないはず。数いる友達の中で、慎吾に話した俺の目は間違っていなかった。
 俺が好きなのかと聞いてきた慎吾。好きの性質が断っても良いのなら、その答えは迷うことなくイエス、だ。


「俺、慎吾のこと好きだよ」
「トーゼンだな」
「うん。だからトーゼン、慎吾も俺のこと好きだよな」
「……」


 俺に散々笑われても眠そうな顔を崩さなかった慎吾が、ようやく表情を変えた。目を見開いて唖然と俺を見るその顔が、僅かに赤く染まっていく。それは図星の証。
 恋愛とはまた違うけれど、こんな俺でも好きになってくれる人がいる。嬉しくなってにんまり笑うと、テーブルの下で脛を蹴られた。だけどその痛みも、この嬉しさの前にはどうってことなかった。

tete-a-tete

( 2009/10/13 )