込み上げる感情がどうしようもなくて、ただいたずらに持て余すだけだなんて自分らしくない。 そんな悶々とした気持ち悪い感情を抱える沖田の前で、こんなにも安らかに眠るはもしかしたら沖田よりも意地が悪いのかもしれない。その上、貸してもいない沖田愛用のアイマスクを勝手に使っているなんて図々しいにも程がある。 俺の気持ちも知らねェで。そう思うと何だか腹立たしくなってきて、沖田は徐に手を伸ばし、アイマスクをぐいーっと引っ張ってそのまま離した。バチン!という音と声にならない声が、同時に道場内を満たしていた静寂を揺るがす。 「っ、てー…なにごと!?」 がばりと上体を起こし、アイマスクをしたままきょろきょろと辺りを見回すその姿は、間抜けとしか言いようがない。例えばもしこれが敵襲だったりなんかしたら、は一番最初に殺されるのだろう。沖田にすら簡単に勝ち星を許さないほど強いくせに、普段はそんな素振りを微塵も見せやしない。つまり、馬鹿なのだ。 何だかどっと疲れたような気がした。小さく息を吐いて、に闇を見せているアイマスクを外してやる。こんなことを、沖田にさせられるのはだけだ。 「こんなとこで仕事サボって何してるんでィ」 「サボってねーよ、休息。…ところで今のバチンってお前が原因?」 「はもう少し日本語を勉強するべきでさァ」 「どういう意味だよ」 「そういう意味だよ」 怪訝そうに首を傾げるに、にやりと笑ってやる。未だ分からなさそうな視線は綺麗さっぱり無視した。 から外したアイマスクを着けて、ごろんとその場に寝転んだ。そうするとふわりと鼻腔をくすぐるほのかな香りがある。花や香の類ではないとは思うが、それでいてどこか近しい匂いだった。 「なぁ総悟」 「何でェ」 ゆさゆさと肩を揺すられ、面倒くせェと思いながらも返事を返してやる。けれどは何も言わない。総悟、と、柔らかな声で沖田の名を呼ぶだけ。それがひどくじれったかった。 舌打ちをして、アイマスクを取る。が何も言おうとしないのは、目と目を合わせていないからだと思ったのだ。にはそういうところがある。人と話している時に目を合わせるのは、最低限の礼儀だと思っている。だから自分が話しかけているのにアイマスクをして寝ようとしているのが不服なのだと、そう思っていたのだが。 開けた視界の先、初めは眩しくてその輪郭を捉えることすら難しかった。徐々に光に慣れた瞳に飛び込んできたのは、…何故か満面に笑みを浮かべた、の姿で。沖田は暫くの間、目も思考も奪われた。 「せっかく俺といるのに、寝るなんて許さない」 ―――その表情も言葉も、反則だ。うるせェ何言ってやがんでェと反論したいのに、言葉は何も出ず、代わりに頷くことしかできなかった。そのことではまた嬉しそうに微笑むものだから堪らない。 は先ほどよりも近い距離にいる。そこでようやく気付いた。先ほどから仄かに香るこの香りは、アイマスクへのの移り香なのだ。 どくんと心臓が跳ねた。それに気付かれないよう目の前にあったの綺麗な顔を片手で押し退けて、沖田は素早く上半身を起こした。ぐえっ、とまるで蛙が潰れたような声が聞こえて、その後の文句が飛んできたが、沖田は知らん振りを貫いた。
(君の声に笑顔に香りに惑わされる)(こんなの、)
( 2007/12/23 )
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