「…どこ行くの?」


 廊下を歩いていたら、すれ違うところでタクミくんがそう問い掛けてきた。


「悠人先輩のところ。タクミくんも行く?」
「行く」


 尋ねておきながらもてっきり行くわけないデショ〜?って言われるかと思ったのに、返ってきたのは肯定で、ものすごくびっくりした。このひと本当にタクミくん?まじまじと見つめる私に怪訝そうにしながら、タクミくんは3階への階段を上る。あ、本当に行くんだ。


「3階に何か用事?」


 歩幅の広いタクミくんに追い付くことは諦めて、少し後ろを歩きながら問い掛ける。


「……別にー?」


 …じゃあその間は何?って問い詰めたくても、タクミくんのことだからのらりくらりとはぐらかすに決まっている。そもそもいつもだったら、今の時点でうまく交わしているはずなんだけど…珍しいなあ、どうしたんだろう。
 3階に着いて、タクミくんはきょろきょろと辺りを見渡した。もしかして、誰かに会いに来たのかな?それを隠そうとしたってことは…好きな人とか!?
 うっわあ、タクミくんが好きになる人ってどんな人だろ…!きっと物凄い美人だよね!ギャル系は苦手って言ってたから、清楚な感じの人かな。


「何をしているんだ?」
「あ、悠人先輩。本を返しに来たんですけど…」


 思わずタクミくんウォッチングに夢中になっていたから、背後に悠人先輩が立っていたことにも気付かなかった。でも、教室にいないかもしれないって思ってたから、先輩の方から声をかけてくれて助かった。先輩、忙しい人だからなあ…。
 抱えていた本を渡すと、悠人先輩はにやりと口の端を吊り上げた。


「そうか。面白かったか?」
「う、…難しかったです」


 普通の小説を借りたはずなのに、言い回しがいちいち小難しくて理解するのに時間がかかった。だから、面白いって感じられるほどの余裕がなかったんだよね。残念なことに。


「なら今度はもっと簡単なものを貸そう」
「そうしていただけると助かります…」
「それで?巳城は由奈のボディーガードか何かか?」


 あ、そうだ、タクミくん!
 さっきまでタクミくんがいた方を見ると、タクミくんは男の人と話していた。何だかすごく楽しそう…。あの人に会いに来たのかな?


「…ああ、か」


 私にはボディーガードとか聞いておいて、悠人先輩はひとりで納得してる。って、あの男の人の名前?タクミくんも悠人先輩もかっこいいけどあの人は綺麗って感じで、ふたり並んでるとすごく迫力がある。事実、3年のおねえさまたちもきゃあきゃあ言いながらふたりを見ていた。


「タクミとのツーショット久しぶり!」
「相変わらず目の保養になるよねぇ」


 なんて声も聞こえてきたから、タクミくんとその先輩は3年生の間で結構有名人らしい。 そういえばタクミくんって1こ上なんだよね、年。背は大きいけど子どもっぽいところあるから、すっかり忘れてた。


「あのー、悠人先輩」
「ん?何だ」
「タクミくんと一緒にいる人、タクミくんのおともだちですか?」
「ああ。巳城が唯一懐いていたのがだ」
「懐く…」


 その言い方はどうだろうと思ったけど、確かに先輩と話しているタクミくんを見ているとそんな感じがする。何て言うか、あー好きなんだなぁって感じ。あんな風にタクミくんとじゃれ合える人、うちの学年にはいないから、すごく新鮮。


「巳城、由奈を放っておくな」


 悠人先輩が私の背中を押して、ふたりの間に割り込む形になってしまった。ちょ…!これすごく気まずいんですけど!


「タクミの彼女?」
「そんなわけないじゃん。観察対象だよ」
「そっか、友達かあ」


 …ん?いまいち会話が成り立ってない気がするのは気のせい?
 って、先輩が私を見てる!あ、挨拶しなきゃ!


「は、はじめましてっ、五十嵐由奈です!」
「はじめましてー、です」


 挨拶を返してくれた先輩は、にこにこと笑った。笑うとかわいくなる人だなあ。タクミくんがこういう人と仲良いの、ちょっと意外…。


「由奈、卯都木クンに会ったんならもう戻っていいよ」
「え、タクミくんは?もうチャイム鳴るよ」
「俺、こいつとサボるから」
「そんなことをさせるわけにはいかないな」


 タクミくんが言ったこいつというのは、もちろん悠人先輩じゃなくて先輩の方。そしてそれを許さないのが悠人先輩。タクミくんに肩を抱かれた先輩の腕を悠人先輩が掴んでいるこの光景は、何か…三角関係みたい。先輩、モテモテだなあ。


「邪魔すんなよ、卯都木クン」
が授業に出るのを邪魔しているのはお前だ、巳城」
「お前らなぁ、可愛い後輩ちゃんの前でケンカすんなよなー」
「じゃあ俺とサボる〜?」
「サボりません。どっかの生徒会長がうるさいから」
「待て、それは俺のことか」


 うーん、先輩はタクミくんだけじゃなく悠人先輩とも仲良いんだ。いいなー、こういうの。…私の存在、忘れられてるっぽいけどね。


「タクミは由奈ちゃんと一緒に戻って授業受けろよ」
「え〜」
「で、終わったら一緒に帰ろう」


 おお…これぞ飴と鞭。タクミくん、面倒くさそうにしてるけど、口許緩んでるよ…。嬉しいんだね…。まあ私も、先輩に忘れられてなくて嬉しいんだけど。
 正直私の中のタクミくんって、まだ怖い部分も残ってたけど、大分それが薄れた気がする。だって先輩と一緒のタクミくん、可愛いんだもん。


「じゃ、由奈ちゃん。タクミのことよろしく」
「はい!」
「はいじゃないでしょー?」


 急に先輩に話しかけられて、反射で頷いたわたしの頭をタクミくんが小突く。やれやれと息を吐くのは悠人先輩。ふたりとも、先輩への態度と私への態度が全然違う。先輩の方が好きなのはわかったけど、もう少し優しくしてくれないかな!

アウトサイダー

( 2010/11/19 )