、口開けて?」


 言われるがままに口を開けると、人差し指で何かを押し込まれた。一口大の、甘くほろ苦い食べ物。見れば錫也は可愛らしいピンクの箱を持っている。その中にころころと入っているのは、紛れもないトリュフチョコだ。


「…バレンタイン?」
「そうだよ。昨日月子と一緒に作ったんだ」


 もぐもぐとよく噛んで飲み込んでからそう問うと、錫也は笑顔で頷いた。差し出された2つ目にもぱくりと食い付く。やっぱり錫也が作るものは、市販のものよりずっと美味しい。
 3つ目を食べさせられたところで、重大なことに気が付いた。錫也はこうして俺にチョコをくれているのに、俺は何にも用意していない。


「錫也、ごめん」
「…何が?」
「俺、何も用意してない」
「ああ、いいよそんなこと」
「でも」
「じゃあ、これ食べさせてほしいな」


 これ、というのはもちろんチョコのこと。箱を手渡してにこりと笑う錫也が可愛くて、思わず吹き出してしまう。
 箱から一粒摘まんで、錫也の顔の前に差し出す。


「あーん?」


 ふざけて言ってみると、照れた様子もなく錫也はチョコに食い付いた。それだけじゃなく、ココアパウダーのついた俺の指まで舐め上げる。瞳の奥に潜む欲に、ぞくりと背中が粟立った。


「すず、」
「…足りないな」


 そう言って錫也が食い付いたのは、チョコでもなく指先でもなく、俺の唇だった。表面をぺろりと舐めて、歯列を割って侵入してきた後は口内を犯される。さっき俺が食べたチョコの残りを、すべて舐めとってしまうかのように隅々まで。


「ン、ふ…っ」


 どちらのものとも分からない唾液が口の端から溢れ出る。チョコの味なんてすぐにわからなくなった。頭がぼーっとして、もう何も考えられない。


「…
「…?」


 キスの合間に名前を呼ばれて、呼吸を整えながら錫也を見た。笑顔を浮かべる余裕もないのか、どこか切羽詰まったような表情がやけに扇情的で、体が一気に熱くなる。


「食べていい?」


 それが何を指すのかは、考えなくても分かること。
 小さく頷いて首に抱き着くと、こくりと錫也が喉を鳴らした。

チョコレートキス

( 2010/02/14 )