「なあ、俺さぁ、セックスしたいんだけどー」 「……」 手に持っていた缶が、ぼとりと足元に落ちた。中身は炭酸だったから、しゅわしゅわと音を立てて土に吸い込まれていく。大好きなコーラだったけど、俺のコーラ!と思うほどの余裕は俺にはなかった。 だって、今の、言葉、て、なに。 頭の中が真っ白だ。 「、聞いてる?」 「…えー、と。ごめん田島、もっかい」 「だから俺とセッ――」 「わー!やっぱいい!!!」 もう一度不可解な言葉を耳にしてしまう前に、俺は半分泣きそうになりながら両手で田島の口を押さえた。けれどもすぐにその手は強い力で掴まれて、退けられてしまう。 「が言えって言ったんじゃん!」 「う、ごめん」 思わず反射的に謝ってしまってから、別に俺は何も悪くないじゃないかって思った。反論しかけて、ぐ、と紡ぐ。どうせ何を言っても田島にはさらりと流されてしまうだろう。 田島は良くも悪くも素直だ。そういうところは凄く好きだけど、こういう風に反応に困るものは止めてほしい。付き合っているのだから、いつかはそんな雰囲気になるんだろうとか、そして俺が女役なんだろうな、とか。結構覚悟してたりもしてたけど。……こんな、長閑な夕焼けを見ながらの帰り道、どうしてそんな言葉が出るのか、俺にはサッパリわからない。 「…田島、頼むから、TPO考えてよ…」 そうでないと、俺ばかりがこんな風にどっと疲れる。 田島は訳が分からないとでもいう風に首を傾げた。でも、詳しく説明するつもりもない俺は、何も言わない。勿論、さっきの田島の言葉に対する返事も。 「よくわっかんねーけど…分かった、ティーピーオー?考えればいいんだな」 「そう、考えてクダサイ」 「で、はどう?俺とさ、…エッチしたくない?」 「っ……」 言ったそばから!そう思ったけど、いつもの大きい声じゃなくて声を潜めて、セックスじゃなくてエッチという言い方に変えた。これは多分、田島なりにTPOを考えたということなんだろう。少しずれてるところが、ちょっとだけかわいいって思う。俺も結構末期かもしんない。そんな自分に笑みが込み上げた。 「え。そこ、笑うとこ?」 「や、ごめん。…な、そんなに俺としたい?」 「したい!」 笑うような場面じゃない筈なのに、そんな風に思いっきり頷かれて、思わず吹き出してしまった。 「田島ってバカ!ちょーバカ!」 「だって俺、好きだし!」 ニッと笑う田島に、俺は顔を真っ赤にしながら、もう一度バーカ!と言い捨てた。だけど俺、こういう素直さは嫌いじゃない。だから、エッチするとかしないとか、その前に。 掴まれたままだった手をぐいっと引き寄せて、軽く唇を触れ合わせた。 「俺も、ね。田島好きだよ。…でもあとすこし、時間、くれないかな」 ちょっと怖いから。 田島に倣って素直にそう告げれば、田島は俺を安心させてくれるかのように微笑んでくれた。こいつのこういうところ、俺は凄く好きだ。
( 2006/08/16 )
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