「高尾ー、お客さーん!」


 廊下に出たところで、隣のクラスの方からそんな声が聞こえてきた。見ると、入り口のところで隣のクラスの人とうちのクラスの女の子たちが教室を覗き込んできゃあきゃあ言っている。
 隣のクラスに高尾はひとりしかいないから、呼ばれたのは和成のはず。そう思ってじっと見ていると、やっぱり教室から出てきたのは和成だった。


「何?」
「あのね、これ、調理実習で作って余っちゃったの。高尾くん、もらってくれないかな?」


 女の子たちの真ん中にいた子が、手に持っていたものを和成に差し出す。余ったというより、最初からプレゼント目的だということがばればれなくらい可愛らしくラッピングされたそれ。どうやらあの子は、和成が好きらしい。


「俺に?いーの?サンキュー」


 人好きのする笑顔を浮かべて、和成はそれを受け取った。さっきまではきはきしてたあの子もそれには顔を赤くする。


「う、ううん、こっちこそもらってくれてありがとう。じゃあ、私たち戻るね!」
「うん、ありがとねー」


 スカートを翻して自分の教室(つまり、俺が今いるところ)に向かって走ってきた女の子たちにひらひらと手を振っていた和成は、そのまま教室に戻ろうとして―――俺に、気付いた。
 にこりと向けられる笑顔は、さっき女の子に向けたものよりずっと甘い。…だから俺は、今みたいに和成がモテているシーンを見ても、さほど妬かずに済んでいるんだと思う。


「これやる」
「えっ、いーのかよ」
「いーのいーの」


 和成はもらったばかりのお菓子を取り次いだクラスメイトに渡すと、俺の方へとやってきた。それに、思わず慌ててしまったのは俺。だってこんなタイミングでこっちに来たら、さっきの女の子たちを追い駆けてきたと思われてしまう。
 和成の腕を取って教室から見えないところまで引っ張ってくると、和成はどこか嬉しそうな顔で尋ねてきた。


「今の、見てた?」
「見てた。…結構ひどいよね、和成って」
「そう?には優しいっしょ?」


 それには頷くしかない。俺といるときの和成は、彼氏として本当に文句の付け所がないから。…さっきみたいに俺が見ていないところでどうしているかは分からないけれど、そこは俺に向けてくれる笑顔を信じてる。


「なあ、はくれねーの?」
「?何を?」


 上向けて差し出された手のひらに、首を傾げる。途端に和成は拗ねたように唇を突き出した。


「何って、お菓子に決まってんじゃん。調理実習だったんだろ?」


 今時の男は料理も作れないと、ということで、うちの学校は男女関係なく調理実習をやることになっている。だから俺もさっきの授業であの女の子と同じくクッキーを作ったんだけど……


「ないよ」
「何でよ」
「……炭になっちゃったから」


 拗ねてた和成の目が点になる。それからぴくぴくと瞼が動いて、ふっと口から息が漏れた。


「…もー、笑うなら笑ってよ…」


 クッキーじゃなくて炭を作ったのは、クラスで俺ひとりだけだった。柔道部の友達だってうまく作ってたし、先生だって100%成功するって言ってたのに…。
 しょんぼりする俺の頭を、和成がぽんぽんと撫でてくれる。顔は笑ったままで。


「そういうの得意そうに見えんのにな」
「…どうせ俺は不器用ですよ」


 どうしてかわからないけど俺は料理上手に見えるようで、和成が言った言葉は、調理実習の時もクラスメイトたちに散々言われた。それが何となくばかにされているみたいに思えて、さっき和成がしていたみたいに口を尖らせると、余計笑われてしまった。


「拗ねるなよ。俺、のそういうギャップすげー好き」


 不器用な俺を否定するんじゃなくて肯定してくれる言葉に一瞬きょとんとして、そのあとじわじわと嬉しさが込み上げる。……俺も、和成のこういうところがすごく好き。


「うちのクラスは明日なんだ。うまくいったら食ってくれる?」
「…和成は器用だから、絶対うまくいくと思うけど」
「まあ、多分ね。―――隠し味は、俺からのへの愛でよろしいですか?」


 その高校生とは思えないくさい台詞に、思わず吹き出してしまう。けどそれにも和成は嫌な顔ひとつしないで、俺の返事を待っている。


「…じゃあ、たっぷりとお願いします」
「かしこまりました」


 そう言って茶目っ気たっぷりに笑った和成が次の日俺にくれたクッキーは、予想どおりその辺の売り物のクッキーよりもよっぽどおいしいものだった。

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