恋ひかぬる







 組み敷かれて尚、鋭く睨み付けてくる瞳は酷く綺麗だ。にやりと口の端を吊り上げると、は露骨に眉間に皺を寄せた。知盛相手にここまで表情豊かに接する者は珍しい。例えそれが嫌悪だったとしても、だ。


「…そう、嫌がるなよ…。傷付くじゃないか…」
「勝手に傷付いてろ」


 冷たい言葉を吐き出して、べ、と舌を出す。かたくなに閉ざされていた口が漸く開かれて、知盛はこの好機を逃すものかと素早く口付ける。一瞬目を見開いて、はすぐに睨み付けて来た。
 今にも知盛の舌を噛み切ってきそうなその表情に、知盛は笑って唇を放した。噛み切られてやるのも面白いが、の味を知らない今は時期尚早というものだろう。まずはぺろりと頬を舐めると、は想像していた嫌そうな顔ではなく、どこか複雑そうな表情を浮かべた。


「どうした…?」
「………」



 名を呼ぶと、更に眉間に寄せられた皺を深くする。それが今にも泣き出しそうに見えるのは、気のせいなのだろうか。
 本当ならば目許を腕で覆ってしまいたいのだろう。しかし知盛に両腕を押さえ付けられている今はそうすることも出来ず、は顔を背けることで知盛の視線から逃れようとした。


「…何でだよ。何でお前は、俺に構うんだよ…」


 向けられた横顔が、苦痛に歪む。そんな表情すら彼が浮かべると美しく、知盛はぞくりとした。
 例えば愛しているのだと告げたら、彼はどんな表情を浮かべるのだろうか。きっと驚愕に目を見開いて、それから今より更に顔を歪めるのだろう。想像するのはたやすく、また、そうするに違いないと確信も出来た。
 が知盛のことをどう思っているかはともかく、本来ならば、二人はこうして触れ合うことすら許されない間柄だ。だからに執着するのだと知盛は思っているが、そう思う度に違和感がした。それが何故なのか、知盛には分からない。ただ先程例として考えたことが、有り得る話だとは思ったけれど。


「……知盛?」


 自分を押さえ込んだまま黙り込んだ知盛を、訝しんだの瞳が捉える。得物を構えると普段は優しげなのが一変して、獰猛に光る瞳だ。の二面性を表すその瞳を知盛は甚く気に入っていた。その瞳が自分だけを映しているのだと思うと、妙に嬉しさが込み上げる。
 知盛は軽く笑って、もう一度ゆっくりと唇を重ねた。先程とは違う、ただ触れ合うだけの口付けだ。はそれに驚いたのか目を見開きはしたが、拒みはしなかった。






(気付かない、今は、まだ)


主人公は自分の気持ちに気付いているけども。





2005/12/18