ギィィ、と重苦しい音を立て、光の世界と闇の世界を唯一隔てていた、一枚の頑丈な門がゆっくりと開いていく。俺は閉じていた目を開いて、枢の前に立った。それは仕事開始の、合図のようなものだ。
 門の外ではいつもと変わらず、たくさんの女の子たちが待っていた。きゃあきゃあという黄色い声が一層大きくなったのは、彼女たちが枢を筆頭にした、ナイト・クラスの面々の姿を見つけたからだろう。この美形集団を目にすれば、騒ぎたくなるのも無理はない。
 俺は彼女たちを文字通り体を張って抑えている優姫と威圧感で遠ざけている零の姿を視界で捉え、思わず笑みが浮かぶのが自分でも分かった。あの二人はいつ見ても正反対だ。見ていて飽きないな、と思う。


「おはようみんな、今日も可愛いね〜」
「きゃああ!アイドル先輩素敵ー!!」
「ちょ、ちょっと皆さん!下がってください!!」


 …せっかく優姫と零を見て和んでいたのに、台無し。日頃から常々無駄な愛想は振り向かないようにと注意している筈なのに、鶏頭の英はちっとも聞いてくれない。今だってにこにこと笑顔を振り撒いて手を振ったりするから、女の子たちが我先にと押し掛けようとするのを、優姫が半ば潰されながらも必死に押し留めようとしている。
 いつの間にか先頭に立っていた英の腕をぐいっと掴んで、自分の方に引っ張る。突然だったからか、そのまま倒れ込んできた英の体を支えて、俺は盛大に溜息を吐いた。


「英、俺が言ったこと忘れた?」
「や、やだなぁ、僕が忘れる訳ないじゃないか。覚えてるよ!」


 覚えてるなら何でじっとしててくれない。無言でそう問い詰めると、英は罰が悪そうにはははと渇いた笑いを漏らした。


「いつまでに寄り掛かってるんだ?英」


 そう言って、俺に寄り掛かったままだった英の体を引き離したのは暁だった。俺と英の間に割って入り、喚く英を適当にあしらっている。俺は英を暁に任せて、優姫や零と同じ様に風紀委員の仕事に取り掛かることにした。
 例えば優姫たちがデイ・クラス側の守護係だとすれば、俺はナイト・クラス側の守護係ということになる。だからと言って俺自身も吸血鬼かと言われればそうではなく、正真正銘の人間だ。ただ優姫たちと圧倒的に違うのは、俺が枢以外のナイト・クラスとも親しいということだった。
 俺は、優姫よりも先に理事長に引き取られた。だから優姫は、俺にとっては可愛い義妹だ。本人は嫌がるだろうけど、もちろん零も。
 枢とは優姫よりも長い付き合いで、所謂幼馴染みという関係が当てはまるんだろう。枢に馴れ馴れしくする俺は最初の頃こそナイト・クラスの連中に毛嫌いされたものだけど、何だかんだで長く一緒にいる間、他の奴らとも打ち解けられた。だからこそこんな風に、俺はナイト・クラス側の守護係を務めていられるのだ。
 一度深呼吸をして、思いっきり息を吸い込んでから、優姫にもらった「の!」と書かれたホイッスルを口に咥えた。それから、吸い込んだ息を一気に吐き出す。
 甲高い音が、辺り一面に響き渡った。


、うるさい…」


 静かになったこの場で、一番最初にそう文句を言ってきたのは支葵だった。人差し指を両耳に突っ込んで、せっかくの綺麗な顔がこれでもかというほどに歪められている。


「ごめんごめん。ほら、今のうちにさっさと学校行って」


 しっしっと犬や猫を追い払うように手を動かせば、支葵は拗ねたように早足で学校までの道を歩いていった。その後に、他のみんなが口々に俺に対してうるさいだの薄情者だの軽口を言いながら続く。だけど込められているのは悪意ではなく、親しみだから構わない。枢はその様子を見ながら、ふふっと笑った。


「…、今日もご苦労様。もちろん、そっちの風紀委員さんもね…」


 枢と目が合って、優姫は傍目にも分かるほどに真っ赤に顔を染め上げた。それに俺が笑うのに気付いた優姫は何か言いたげに口を開けて、それから結局何も言わずにべ!と舌を出す。そんな優姫と呆れてものも言えないでいる零に、また笑みが込み上げた。


「行こうぜ、


 立ち止まっていた俺の肩に、暁が手を乗せてそう促してくる。その横で英が、枢が優姫に笑いかけたのが気に入らなかったらしく、惜しげもなく仏頂面を晒していた。けれど枢が歩き出したのを見て、慌ててその後を追って行った。俺と暁も、更にその後をのんびりとついて行く。
 突然のホイッスルの音に呆然としていた女の子たちが再び騒ぎ出した頃には、もう此処にナイト・クラスの姿はない。俺の第一の仕事も、一先ず完了だった。


「優姫、零、あまり無理はしないように」


 すれ違い間際にそう声をかければ、優姫も零も頷いた。
 もうすぐ夜が訪れる。俺たち守護係の仕事は、これからが本番なのだ。






Ahead of the start

( 2007/07/29 )
( 吸血鬼騎士夢というリクをくださった氷雨敦さまへ! )