ぬくもり







「おっちゃーん、山本来てるー?」


入口から顔だけを覗かせて、受付に向けて声をかける。
すると愛想の良い笑みを浮かべられて、ちょいちょいと上下する手に招かれた。


「?何?」
「いーから来い」


招かれてやると、冷えたパックの牛乳を手渡された。
しかも2本。
……質問の答えで商売するなんて、この親父も抜け目ない。


「毎度ありー」
「…誰も買うなんて言ってねーし。ま、いーや。はい」


言いながらも制服のポケットの中から1000円札を取り出して、台の上に置く。
代わりに寄越された釣り銭はチェックすることなく、またポケットの中に突っ込んだ。
どうでもいい訳じゃなくて、どうせきっちり金額分あるって分かってるからだ。
何度か山本と一緒に此処に通うことで築いた信頼関係が心地好い。


「山本、調子良さげ?」
「いつもに増して絶好調だな。ポンポン打ちやがる」
「そっか。なら、止めないとな」


山本は絶好調の時、時間を忘れてバッティングに集中する。
いつもは邪魔しないけど、そういう時だけは学校に遅刻しないように声をかけることにしていた。
冷えた牛乳を両手に持って、山本の姿を探す。
まだ朝も早い今は他に人の姿はなく、簡単に山本の後ろ姿を見つけることが出来た。
バットがボールの真芯を捉えた時の、爽快な音が辺りに響く。
ほー、と声を漏らしてしまう程、山本のバッティングは迷いがなくて、見ていて気持ち良い。
バッターボックスに立ってボールを見据える山本を見ていると、本当に野球が好きなんだなって思う。


「山、そろそろ終わりにしないとガッコ遅刻するよ」


邪魔してしまうのは忍びないけれど、遅刻するのも嫌だしで、仕方なく山本に声をかけた。


「!。もうそんな時間か」
「うん」


丁度ボールを打ち終えた時を狙って声をかけたから、山本はすぐに反応を返してくれた。
バットを構えている時だとこうはいかない。


「じゃ、今朝はこれで終わりにすっかな」


その言葉にほっと息を吐いて、ボックスから出て来た山本に持っていた牛乳の片方を渡す。
おっちゃんが2パック出したのも、それを当たり前のように買ったのも、山本が練習後に牛乳を飲むってことを知っているからだ。


「さんきゅ」
「明日はお前の奢りな」


ニッと口の端を吊り上げると、豪快な笑い声と共に「勿論」という言葉が返って来た。
つまりはこの牛乳奢り合いも、習慣のようなものなのだ。


「ふぅ、あっちー!」


火照った体をぱたぱたと手で扇いで、山本は牛乳をストローではなく直に、一気に腹の奥に流し込んだ。
本当に喉が渇いてる時、少しずつしか飲めないストローは邪魔でしかない。
俺は運動後という訳でもないし、普通にストローを穴に差し込み、その先を口に含んだ。


「じゃーなおっちゃん!」
「今度は牛乳奢ってねー」
「何言ってんだ。さっさと行ってこい」


いつものように見送られて外に出ると、冷たい風が肌を襲った。
刺すような寒さに身を震わせ、少しだけ山本に近付く。
今の今までバッティングしてた山本が傍にいるだけで、寒さは多少紛れるような気がした。


、寒いのか?」
「ん」


短く答えて、手に息を吹き掛ける。
白い息は空気に溶け込み、すぐに見えなくなってしまう。
消えてなくなるのをじっと見ていると、右手が何か暖かいものに包まれた。


「や、ま?」
「こうすればあったけーだろ」


視線を落とした右手は、大きな手に握り締められていた。
毎日何百球もボールを投げ込んでいるせいで、マメだらけの、手だ。
……暖かい、暖かい、けど。
体に染み渡るように伝わる熱が、顔さえも赤く染めるのが分かった。


「ははっ、でも男が相手じゃ嫌だよなー」
「…山本は嫌なのか?」
「ん?嫌ならこんなことしねえって」
「俺も、嫌じゃない。…けど流石に、注目されんのは嫌かな」


男同士が手なんて繋いでたら、注目の的になるのは目に見える。
それは勘弁と言って笑うと、山本も歯を見せてにかっと笑った。


「なら、誰もいない時に、な」


真意の分からないその言葉に、一瞬何を言えばいいのか分からなくなったけれど。
嫌じゃないと言った時、山本が何処か安心したような表情を浮かべたのを見てしまったから、俺は頷いて、照れ隠しの為に笑った。







山本大好きです。
彼は最高の攻めだと信じて疑ってません(あちゃ)





2005/03/08