「これ、読んでほしいの」 そう言って女の子が真っ白な手紙を差し出してきた。宛名は山本武様。彼女の派手な顔に似合わない、すっきりとした綺麗な字だった。頭も良いんだろうな、と勝手に推測する。彼女はきっと、とてもモテるのだろう。 「ああ」 幾ら鈍いと言われている山本でも、差し出された手紙の理由を問うような無粋な真似はしない。どうも、と言いながら受け取ると、彼女は安心したようにありがとうと微笑んで、教室を出て行った。 「あれって隣のクラスの子だろ。山のこと好きだったんだ」 一つの机に向かい合うように座っていたは、勿論一部始終を見ていたことになる。山本は改めて彼女の度胸の良さに驚くとともに、どこか感心したように呟くに首を傾げた。 「知ってんのか?」 「あの子を好きな奴、多いんだよ。どうすんの?」 「どうすんのって言われてもなぁ。俺、あの子のこと知らねーし」 「…山って本当、野球以外興味ないよな」 呆れるでも批難するでもなく、はただおかしそうに破顔する。山本はの言葉通り、自分が野球一筋かどうか考えてみた。けれど答えは否だ。 「そんなことねーけど」 「なら、どんな子が好み?」 否定してみたものの、そう聞かれると答えに詰まる。今度こそ呆れられるかと思ったのに、はやっぱり楽しそうだった。 「よし、じゃあ探そう」 「探すって?」 それに対する返事はなかった。はきょろきょろと教室の中を見渡すと、ずい、と身を乗り出して声を潜める。 「笹川とか、黒川はどう?」 「笹川はいつもにこにこしてるよな。黒川は怒らせっと怖い」 山本はあまり話さないが、ふたりが沢田と話している時のやり取りを見ているとそんなイメージがあった。はふうんと呟いたきり深く追求せずに、次々と色んなクラスメイトの名前を上げ始める。素直に彼女たちに対して思っていることを答えていくと、結果的にクラスの女子全員について語ることとなった。 けれど山本の答えはどれもぱっとしないものだ。はそれに不満そうに唸りながら、今度は窓の外に視線を走らせる。 「あ、あの子は?」 「どれ?」 「あの紺色のセーター着てる子」 外に良い感じの女の子でもいたのか、窓の外を指差すの目は輝いていた。そのが言っている女の子を見るために山本も窓の外に視線を移すが、やはりと言うべきか好みではなかった。 なんだか申し訳なくなってきて、「違う」と言いながらも苦笑いが浮かぶ。は目を見開いてから、脱力したように机に突っ伏した。 「可愛いのになー…」 「ははっ、悪ィな」 「何の話?」 くしゃくしゃとの頭を撫でているところに、声をかけてきたのは沢田だった。その声にはがばりと顔を上げる。 「あ、沢田。なあ、山本の好みってわかる?」 「山本の…?」 言いながら山本を見た沢田と目が合って、にこにこと笑いかける。沢田はそれにはっとしたような表情を浮かべて、に向かってふるふると首を横に振った。 「ごめん、わからないよ」 「沢田なら知ってると思ったんだけどなぁ…」 残念そうに肩を落とす、を見るのは面白かった。そう気を落とすなよ、山本はそう言ってやりたかったが、原因が自分の好みの話なのだから、多分山本が言うべきではないのだろう。 どうしようか迷っていると、廊下の方からを呼ぶ女の子の声が聞こえてきた。 「いるー?せんせー呼んでたよー」 「うえ、マジ?何だろ」 「早く行った方がいいんじゃねぇ?」 「うん、行ってくる」 慌てて席を立って、ばたばたとは教室から出て行った。残された沢田は空いた席に腰を下ろして、苦笑いを浮かべる。それから真顔になって、じっと山本を見つめてきた。心の奥底まで見透かすような瞳の強さにふと、多分ツナは気付いているんだろうな、と思う。 「ねぇ山本」 「ん?」 「山本の好みってさ…じゃないの?」 周りを気にして、潜められた声。それはずばり確信を射ていた。 好きになった人が好みだと、そう言う人がいる。多分山本は、それなのだ。だからの質問に頷けるものがひとつもなかった。山本の好みはなのだから、頷けるわけがない。 「まちがってたらごめん」 「いや、間違ってねぇよ。やっぱツナはすげぇな。は全然気付かねぇのに」 「凄いにこにこしてたからね」 「あーやって一生懸命俺の好み探してんの、可愛くってなー」 さっきまでのの姿を思い出すだけでも笑みが浮かぶ。あれは本当に可愛かった。こう思う自分が野球一筋だと誰が言えるだろう。人並みにバカなことをするし、恋愛だってするのだ。 まるで惚気のような言葉に、沢田は困ったように微笑んだ。 「でもがあの様子じゃ、前途多難、かな?」 「そーだなぁ」 どうすっか。そう言った山本はやっぱり笑っていて、沢田にはどうしても困っているようには見えなかった。 マイタイプイズユー
( 2008/12/22 )
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