祐希を迎えに5組に行ったら、祐希はクラスメイトと話しているところだった。しかも、今まで見たこともないくらい優しい顔で。そんな表情、本当に記憶になかったから、驚いて、声をかけることも出来ずに立ち尽くす。そんな俺に気付くことなく、2人は楽しげに笑っている。


「ごめん祐希、俺、そろそろ部活行かなきゃ」
「え、もう?」
「ん。付き合ってくれてあんがとね」


 椅子を引いて立ち上がると、祐希が話していた相手はぽんぽんと祐希の頭を叩いてこっちに向かって歩いてきた。すれ違う少し前、彼は俺に気付いて目を見開いたかと思うと、にこりと口許に笑みを湛え、頭を下げて教室を出て行く。


「悠太、来てたんだ」
「…ああ、うん」


 彼の姿を目で追っていたのか、祐希が俺に気付いて声をかけてくる。けど俺も彼の後ろ姿を見ていたから、反応するのが少し遅れた。それを、祐希が見逃すわけもなく。


がどうかした?」


 こうして、突っ込んで来る。俺としてはスルーしてほしかったのに、祐希はそういう空気をまったく読まないから困ったものだ。
 弟の仲良くしている相手が気になるとか、どんだけブラコンなのって話ですよ。…まあ、でも、祐希があんな顔する相手が、気にならないって言ったら嘘になるわけで。その辺は、すっきりさせておきたいような気もする。


っていうの?」
、うちのクラスの副委員長。身長はそんなに高くないけどバレー部のエースで、頭もいいし顔も綺麗なマンガの登場人物みたいな性格男前」
「…そうなんだ」


 何となく、祐希が彼を気に入っている理由が分かった。マンガの登場人物、ね。


「紹介してあげようか?」
「いいよ、別に」
「遠慮しなくていいのにー」


 無表情のまま、つんつんと俺の頬をつついてくる祐希の手を払い除ける。にやりと上がる口角が全てを見透かしているようで、目は合わせられなかった。


「してないよ」
「そう?ならいいや。帰ろっか」


 くるりと体を反転させられて、そのままふたり並んで教室を出る。あまりの呆気なさに拍子が抜けた。相変わらず俺の弟は何を考えているんだか分からない。…いや、結構何も考えてなかったりするんだけど。でも、今日のはちょっと……やっぱり、気になる。


「…何かさ、」
「んー」
「祐希が笑顔で喋ってるの、珍しいなと思って」


 祐希が簡単に切り上げた話を蒸し返すことには抵抗があった。でも、それを気にした様子も見せないで、祐希はうん、と頷いた。


と話すのは楽しいよ」
「マンガの登場人物みたいで?」
「それもあるけど、好きなんだよね、俺。の雰囲気が」


 好き。祐希の口からそんな言葉がすんなり出てくるとは思わなかった。…それに驚くならまだしも、どうして俺はこんなに動揺しているんだろう。


「きっと悠太も好きになるよ」
「え?」
「ん?」


 気になることを言っておきながら、祐希は俺の疑問に疑問で返してよこした。本当に分からなかったのか、それともはぐらかしているのか。どっちにしても蒸し返したい話ではないので、俺は口をつぐむしかない。
 ただ、その日から俺の中でという名前が、忘れられない名前になったことだけは確かだった。

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( 2012/01/14 )